人生を選んでいるという事実

2026年5月18日_一粒万倍日_46


こんばんは、さっこです。

今日は
「人生を選んでいるという事実」について


昔の私は
人生は起こるもの
だと思っていました

いいことも
悪いことも

出逢いも
別れも

環境も
タイミングも

どこか
「与えられるもの」だと思っていた

でも
ここ数年
少しずつ
感じることがあります

人生は
選ばされているのではなく

やっぱり自分で選んでいる
ということ

もちろん
そんな簡単な話ではありません

選びたくて選んだわけじゃないことも
あると思う

なんでこんなことに…
と思う出来事もある

むしろ
そっちの方が多いかもしれない

毎朝
眠い目をこすりながら
お弁当を作ること

満員電車に揺られながら
会社へ向かうこと

子どもの機嫌と
家族の空気を感じながら
夕飯を考えること

気を遣って
空気を読んで
疲れて帰ること

そんな日常の中で
「自分で選んでいる」
なんて
思えない日もある

でも
その中でも人は
小さく
選び続けている


イライラしたまま話すのか

少し深呼吸するのか

疲れている時に何を食べるのか

本当は嫌なのに無理して笑うのか

今日は少し自分を優先するのか


日常は
小さな選択で
できている

そして不思議なことに
人は
“自分が選んだもの”で
少しずつできていく

誰といるか

どんな言葉を使うか

どんな情報を見るのか

どんな空気の場所にいるのか

その積み重ねが
未来の自分を
静かにつくっている

だから私は最近
何かが起こるたびに
「私はこれを選びたいのか?」を

少しずつだけど
自分に聞くようになりました


怒りを選ぶのか

安心を選ぶのか

我慢を選ぶのか

距離を選ぶのか

信じるを選ぶのか

話すを選ぶのか


選択には
静かな責任がある


でも同時に
自由もある


人生を選んでいる
ということは
人生を変えられる
ということでもあるから


大きく変える必要はなくて


コンビニのコーヒーじゃなくて
カフェに入ってほっとすることも

今日は少し早く寝ることも

「ありがとう」をちゃんと伝えることも

全部
人生を選んでいる
ということ

人生は
突然変わるように見えて

本当は
小さな選択の積み重ねで
変わっていくのかもしれませんね


知らんけど…


何か想うことがあればご連絡ください
わたしからも、また、お便りします(*゚∀゚*)

さっこ